代表社員 本山 稔 の略歴
| 1985年4月〜 | 当時流行していたバイオテクノロジーを勉強しようと、筑波大学第二学群生物学類に入学。 数学や情報工学の講義にも出席し、情報工学の先生の「これからはコンピュータが世の中を変える。君たちは借金してでもパソコンを買って、コンピュータの勉強をしろ。」という言葉にだまされて、当時学生の身分では決して安くはないNEC製のパソコンを購入してプログラムの勉強を始める。 最初に勉強したプログラム言語は、パソコンのROMに搭載されていたN88-BASICだった。 |
| 1989年4月〜 | 名古屋大学理学部の大学院に入り、原形質流動に関わるタンパク質の特性を研究。 今から思えば、プログラマーにはまったく必要の無い知識や実験手法の習得に明け暮れた。 この頃、実験結果を解析するための距離測定プログラムや統計解析プログラムを、当時ボーランドが出していたTurboCというコンパイラを使って自分で開発して使っていた。 Basicと比べC言語の柔軟性に苦戦しつつも感動した記憶がある。 |
| 1991年4月〜 | プログラミングが面白くなり、生物学をやめて大手電機メーカーに入社。 やった仕事としては、
特許庁のホームページから本山稔で検索すると表示されます。 また、USで認可された特許には、US Patent 5829045 があります。 |
| 1995年9月〜 | 前の会社の社内ベンチャー制度で設立したベンチャー企業の立ち上げに加わる。 やった仕事としては、
特許庁のホームページから本山稔で検索すると表示されます。 |
| 2007年4月〜 | 合同会社シーサイドソフトを設立。
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